"299:名無しさん@十一周年:2010/11/17(水)
19:27:18 ID:ta5VbkK10
料理する時間のある恵まれた労働条件の夫婦は円満
310:名無しさん@十一周年:2010/11/17(水)
19:33:26 ID:hmL8Z/vUO
»299
これが真理だよねぇ
"
結婚・恋愛ニュースぷらす : 夫が料理をする頻度と夫婦円満度には深い関係があることがわかりました (via akaganesaru)
(gkojayから)
焦げ茶坊主のタンブラー(プリキュア多め)
"299:名無しさん@十一周年:2010/11/17(水)
19:27:18 ID:ta5VbkK10
料理する時間のある恵まれた労働条件の夫婦は円満
310:名無しさん@十一周年:2010/11/17(水)
19:33:26 ID:hmL8Z/vUO
»299
これが真理だよねぇ
"
結婚・恋愛ニュースぷらす : 夫が料理をする頻度と夫婦円満度には深い関係があることがわかりました (via akaganesaru)
(gkojayから)
"54.おわかなくわえた名無しさん 2006/03/06(月)20:58:27ID:8lb9Rdr7
兄貴から聞いた話 大学時代留学生と知り合いになった兄貴は
出来合いの物ばかり食べてた彼等に 「食費渡せ!安く作ったる」と夕食だけ作る事にした
メンバーは和食中心で出す兄貴 「ごはんですよ」を常時携帯する米人
オクラと納豆を持ってくる独人 「わさび漬け」を必ず持ってくる仏人
ある時仏人と米人が口論したそうな 仏人曰く「味噌汁は3日目がベストだ!
それをお前は初日から食いまくりやがって!」
米人曰く「腹に溜まればいいんだよ!そんなの一々気にするな!」
そうでもいい事で喧嘩する彼等に兄貴は呆れ独人は爆笑してたらしい
後日味噌汁のおかわり制限令が出された 初日は一杯2日目は二杯3日目は三杯以上
「味噌汁の食べ時であぁも熱くなる奴を見るのは初めてだ…」とは兄貴の弁
749.おさかなくわえた名無しさん 2009/06/03(水)20:47:49ID:Nli7DVY0
(前略)この仏人関連で、もう一つ話がある。共通の知人…仮に「A」としておこうか。
この話は「A]から聞いた話なので詳細は不明、かつ断片的に聞いた話を?ぎあわせてある。
仏人が日本に住んでいた頃、「A]が勤めていた近所のスーパーの
惣菜コーナーのポテトサラダがお気に入りで、しかもハシモトさんが作った物が特にお気に入り。
行くたびにポテトサラダを指さし「コレ、ハシモトサン?」と聞くので、最初の頃「A]や他の店員は
「いや、それはポテトサラダ」と答えていたそうだが
やがて「ハシモトさんのポテトサラダが欲しいんだ」と気付いたスーパーは
ハシモトさんにポテサラの担当になってもらったそうだ。
もちろんポテサラ以外の物も手がけてはいたそうだが。
売り場にポテサラが無く「オゥ…」と悲しそうな顔の仏人に「はい、ハシモトさん」と彼の為に
ハシモト印のポテサラを1つ取っておいてくれたり、
ハシモトさんの誕生日にセーターを贈ったりしていた。
半年ほど離日した後、ハシモトさんのポテサラを買いに行った仏人に
「A」はハシモトさんが亡くなった事を告げた。
同じスーパーでパートをしていた娘さんに連れられ、仏壇に線香を挙げに行った、その時。
娘さんが「これ、お母さんに聞いて作ったんだけど…」とポテトサラダを仏人に差し出した。
そのポテトサラダを泣きながら食べた仏人が、一言。
「チガウヨ…キョウノ、ポテトサラダ、ショッパイヨ…」
それからしばらくして、また仏人がスーパーに現れるようになった。
ハシモトさんの味を引き継いだ娘さんのポテトサラダを買いに。
「コレ、二代目?ウデ、アゲタネー!」
終"
続・妄想的日常 - ハシモトサン (via darylfranz)
(deli-hell-meから)
(元記事: televandalist (petapetaから))
"
フランスの詩人アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には
私は目が見えません
と書いてありました。彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通り、お椀にコインはいつもほとんど入っていません。ある日、ブルトンはその下げ札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。物乞いは「旦那のご随意に」。ブルトンは新しい言葉を書きました。
それからというもの、お椀にコインの雨が降りそそぎ、通行人たちは同情の言葉をかけていくようになりました。物乞いにもコインの音や優しい声が聞こえます。数日後、物乞いは「旦那、なんと書いてくださったのですか」。
下げ札にはこう書いてあったそうです。
春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることができません。
誰が見てもうらぶれた物乞いです。黒メガネをかけているのだから盲人であることも分かります。「私は目が見えません」は言葉の意味をなしていないのです。
アンドレ・ブルトンの言葉のほうには、訴えるものがあり、憐れみを乞う力があり、人に行動を促す力、もっとえげつなく言えば集金能力がありました。目的はそれだったのです。読んでもらって、施しの気持ちを起こさせ、施しをいただくこと。
目的を果たしてこそ、言葉です。
活字中毒R。 (via takaakik) (via jinon) (via yangoku) (via sukoyaka) (via jinakanishi) (via mcsgsym, ninonbooks) (via quote-over100notes-jp) (via kotomo) (via chiisanaehon) (via butazuratruk) (via appbank)
"
課長「どうしてミスした!」
「はい…」
課長「…皆の目がある。上に来い」
「…」
「だから…!
…どうしてそんな悲しそうな顔するの!俺まで悲しくなっちゃうじゃん!もういいからぁ言い過ぎたからぁ(´;ω;`)笑ってよぉ」
皆には課長は怖かったと言いなさい。と言われた
"Twitter / tnks_69 (via k32ru)
(908908から)